栽培は理屈ではない自然体

知人の声かけで、急遽大船山に登りました。
約8時間の往復登山。しびれました〜。笑
そこでいくつか感じ得た事があります。その大きなひとつが
「生きることは、理屈ではない」

山を登り降りする中で、特に眼についた光景が以下の写真です。

岩から生える木々

岩から生える木々

「なぜ?」

そもそもそこに種を植えようとは、誰も思いません。
また、種が植えられた訳でもありません。
そこにあるのは、ただただ、自然体

栽培をしていても同じ、不自然な事がたくさんあります。
なぜ、そうなるのか?何かしらの要因はあるのでしょうが
それが答えかどうかは、わかりません。自然体という言葉の意味は、

力まず物事に臨む態度

自然となぜかしら登山をしていても力が入ります。
何とかしようと必死に歩きますが、最後の最後には、
力を入れようとも力がはいりません。
なぜか?一通り道を歩いたら何かを得るというよりも、
そこには何もなく、ただただ進む道を次々受け入れるのみ。
目の前に起こる成長に対して、どうしようもない。

岩の上に育つ木々

自然体を楽しむ

育たない。なぜ?どうして?というのもありますが
その変化は、「面白いこと」だ。
その先どうなるのか、観てみる。
どうしようもないことは、笑う。
得すぎない、求めすぎないことでしょうか。
姿を受け入れ、できることをやるだけ。
あとは、見届けることの繰り返しです。




Comments

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です